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「ハーレム禁止の最強剣士!」ブログ

「小説家になろう」「カクヨム」で青葉台旭の名前で小説を書いています。その新規投稿の告知をします。読んだ小説の感想や、観た映画の感想を書いています。撮った写真を載せています。

「シン・ゴジラ」を観て、日本の古い特撮映画に興味を持った人は、ぜひ「妖星ゴラス」を観てほしい。

映画 感想

「シン・ゴジラ」が大ヒットしていて、総監督の庵野秀明がインタビューなどで何度も「初代ゴジラ」に言及しているので、日本の古い特撮映画に興味を持った人も居るかも知れない。そういう人たちに、私は、ぜひ「妖星ゴラス」を観てほしい。

私は日本の特撮映画の中でも、この「妖星ゴラス」が特に好きだ。「初代ゴジラ」と同じくらい好きだ。

妖星ゴラス  [東宝DVD名作セレクション]

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ゴジラを「陰」とすれば、ゴラスは「陽」とでも言えば良いか。

終戦から9年しか経っていない1954年(昭和29年)に作られたゴジラには戦争の重い影が強く残っているが、1962年(昭和37年)のゴラスは、「所得倍増計画」以降の、高度経済成長真っ只中の、豊かさと近代化へまっしぐらに突き進む当時の日本の前向きな感じが良く表れている。

これが、もう少し時代が進んで1970年代以降になると「日本沈没」「復活の日」など、日本のディザスター映画は再び陰鬱な雰囲気を帯びるようになる(災害映画なんだから、暗い映画こそが正統な訳だが)

今の時代から振り返って見れば、昭和30年代というのは「敗戦国の貧しさ」からやっと抜け出した時代であろうし、一方において、まだ「公害」や「生きがい」の問題など「先進国になってしまった国」特有の問題にも悩まされなかった時代だろう。

ひたすら「今日よりも明日は必ず良くなる」と社会全体が前向きになれた稀有な10年だったのかもしれない。

それは「ひたすら明るい映画」というものが成立しえた貴重な10年だったともいえる。

さて、「妖星ゴラス」の話だ。

とにかく豪華な映画だ。主演の池部良をはじめ、当時の一線級の東宝俳優・女優がこれでもかと登場し、特撮も、セットも、とにかく豪華でお金がかかっていて目の保養になる。(そういう部分はシン・ゴジラに似ている)

ストーリーが良い。

「ゴラスと名付けられた強大な重力の星が地球に接近していた。このままでは地球に衝突し、全人類が滅亡してしまう。そこで世界中の人々が総力を結集し、危機に立ち向かう」ひとことで言えば、こういう話だ。

「ディープ・インパクト」や「アルマゲドン」、古くは「地球最後の日」などと同じ、「惑星衝突系ディザスター(災害)映画」だ。

こういう惑星衝突ものSFの場合、惑星衝突・人類滅亡の危機が刻々とせまる中、人々が何を思い何をするのかがドラマの中心になる訳だが、この「妖星ゴラス」で全人類が選んだ方法が、とにかく凄い。

その方法は、科学的知識が全くない観客でも「馬鹿馬鹿しいくらいに荒唐無稽」で「リアリティのかけらもない」ものだと分かる。

映画史上、こんなに荒唐無稽な方法を思いついた「惑星衝突系ディザスター映画」は、後にも先にも「妖星ゴラス」だけなのではないだろうか。

それなのに「妖星ゴラス」は、その「リアリティのかけらもない」おとぎ話を、徹底的に大真面目に、巨額の製作費を投じて作り込み、成立させてしまう。

どんなに荒唐無稽な話でも、製作者が本気で信じて作り込めば素晴らしい映画になるという、まさに「映画のマジック」を体現したような映画だ。

そういう意味でも、日本の特撮映画最新作「シン・ゴジラ」にも通じるものがあるかも知れない。

ちょっと笑える所もある。

若き宇宙飛行士たちが士気高揚のために歌をうたうのだが、そのセンスが時代を感じさせてちょっと笑える。

ちょっと海軍調というか、軍歌風の感じもある。

つまり、宇宙飛行士というものが「超エリート・パイロット」であると同時に、ある種「船乗りとしてのカルチャー」を持った存在として描かれているわけだ。

アニメ「ヤマト2199」にも宇宙飛行士たちが水兵っぽく歌をうたうシーンがあったが、ひょっとしたら、この「妖星ゴラス」からの発想かも知れない。

のちに、テレビの特撮番組で大活躍する「あれ」もカメオ出演

やはり、日本の特撮映画には怪獣が欠かせないという事なのだろうか?

メインのストーリーとは関係なく、唐突に怪獣が出現する。 マグマという名前のアザラシ似の怪獣だが、これは後にトドラとして「ウルトラQ」に転生する。

転生と言えば、のちに「ウルトラマン」でジェット・ビートルとして有名になる飛行機が、この映画にカメオ出演している。

ひとつだけ、難点を言えば。

ラスト・シーンで、主人公の科学者を演じる池部良が、仲間のアメリカ人科学者に向かって「行くぜ!」みたいな感じで、カッコつけて、あごを「クイッ」と振るジェスチャーをする。

現代のハリウッド映画では、そんな仕草をする俳優は見たことが無いが、昔の、1950年代あたりのハリウッド映画に出てくる「タフガイ」たちは、しょっちゅう「こっちこいよ!」みたいな感じで、あごを「クイッ」と振っていた。それを池部良はアメリカ人俳優相手にやってみたわけだ。

それ仕草が何とも言えずバタ臭くて、しょうゆ顔の池部良には全く似合っていない。観ているこっちが小っぱずかしくなって、思わず苦笑してしまう感じだ。

まあ、これだけ豪華な大作映画で主演して、浮かれちゃったのかな、と思えば、それもご愛敬だ。

さいごに。

まあ、とにかく豪華で荒唐無稽(ほめ言葉)で、映画を見たあとで明るくなれる映画だ。

こんな荒唐無稽な話に巨額の製作費をかけられる時代。また、多くの観客たちが、この荒唐無稽な話を皮肉な目で見ずに本気で楽しめる時代。そんな時代がもう一度日本に来るとしたら、それは素晴らしい事だと思う。現代においては、なかなか難しい事だろうが。