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「ハーレム禁止の最強剣士!」ブログ

「小説家になろう」「カクヨム」で青葉台旭の名前で小説を書いています。その新規投稿の告知をします。読んだ小説の感想や、観た映画の感想を書いています。撮った写真を載せています。

映画「第三の男」の感想

映画 感想

 

第三の男 [Blu-ray]

第三の男 [Blu-ray]

 

 

第三の男をDVDで観た(上に貼り付けてある画像はブルーレイのものだから、間違えないでほしい)

だいぶ前に買って、棚に積みっぱなしだったのを、引っぱり出してみた。

古典的名作と言われていたが、今まで観たことが無く、これが初見だった。

結論から言うと、面白かった。

オーソン・ウェルズが、いたずら少年がそのまま大人になったような顔でニヤッと笑うシーンは、今見てもワクワクする感じがある。

オーソン・ウェルズというと、かなり昔に観た「市民ケーン」の「貧しい少年が大富豪になる一代記」という大河ドラマ的な話のウロ覚えのイメージしかなかったから、重厚な役柄が得意な俳優だとばかり思っていた。
オープニングの年老いたイメージが強烈だったし。でも、あれ、よく考えたら特殊メイクか。
ウィキペディアで調べたら「市民ケーン」を撮った時は、オーソン・ウェルズは若干25才だったそうだ。それで製作・脚本・主演。すごいな。

「市民ケーンは」さておき「第三の男」

ケーンに比べると、かなり軽妙な感じ。チターとかいう弦楽器の、あの有名なオープニング曲も軽やかだ。

オープニングでは、そのチターの、狭い間隔で平行に何本も張られた弦のドアップが、曲に合わせて震える。
その平行に張られた弦をノートの罫線に見立てて、スタッフ名が表示されるという、おしゃれな演出。ヒッチコックの「サイコ」のあの有名なオープニングをちょっと思い出した。ただし、サイコの凝りに凝った動きよりは、ずいぶんシンプルというか素朴な感じだ。

そのオープニングが終わると、第二次世界大戦終戦直後のウィーンの説明が入る。
アメリカ、イギリス、フランス、ロシアが分割占領していたそうだ。街は荒廃し、闇市が栄えたというから、かつての東京のような感じか。……もう、この時点で日本人としては身に積まされる。
かつてヨーロッパの文化の中心として栄えた都市が、敗戦とともに戦勝国たちに分割統治される。治安を守る警察官も、戦いに勝った外国人たち。
焼野原というほどには荒廃してはいないけれど、町のあちこちに破壊された建物とガレキの山。
不法移民のヒロインが住んでいるアパートも、かつては、かなり荘厳な建物だったようだが、今は一部が破壊されている。
そのヒロインの部屋に、外国の軍警察の男たちがズカズカ入って家探しする。
大家の婆さんが「この家は、かつて王子様や偉い政治家も泊ったのよ」みたいなことをわめくけど、軍警察の外国人は全然聞いていない。
そこでヒロインが、アメリカ人の主人公に、「大家さんにタバコをあげて。そしたら喜んで、怒りも収まるから」みたいなことを言う。つまり「豊富な物資を持っている豊かな占領国であるアメリカと、占領下にある貧しいオーストリア」という構図。

「かつては栄華を極めた文化都市も、戦車に破壊され、戦争が終わったら他国の軍隊に占領されてて、なんか、もう、おしまいだよね。
戦争に勝ったアメリカ人は偉そうに街を占領しているし、物資もアメリカ人だけは、いっぱい持っている」こういう情けない感覚が話全体に充満していて切なくなる。

この終戦直後独特の荒廃した空気感の中で、話は進んでいく。

この映画を観てから、ネットで映画の感想を色々読んでみたけど、
「サスペンスにしては展開が緩いし、ミステリーとしてのヒネリもイマイチだし、チターの陽気なBGMが鳴ると、緊張感が無くなってしまう」
みたいな評価を時々目にした。

チターのいかにも陽気な音色は、確かにサスペンス映画としては場違いに思える。
ただ、「戦争で建物を壊され、戦後は勝った国々によって分割統治されているヨーロッパの古い街の物語」という、ともすれば暗くなりがちな設定に対して、明るいチターのメロディが中和剤の役割を果たしているのではないだろうか。

チターは地元オーストリアの楽器という事で、アメリカの観客をウィーンに行ったような気分にさせる役割もあったのだろう。昔の映画には「観客に疑似観光旅行をさせる」という作用も期待されていたから。

また、そもそも、これはサスペンス映画なのだろうかといえば、私は違うと思う。

物語の前半部は、事故にあったハリーの体を路肩まで運んだ人間は何人だったかという謎解きを中心に話が進む。
ある証言者は「ハリーの体を運んだのは三人だ」と言い、実際にハリーの体を運んだ者たちは「ハリーの体を運んだのは私たち二人だけだった」という。
じゃあ、その三人目の男は一体誰なんだ? というこの「三人目の男」というのが映画のタイトルでもある。

しかし、その「第三の男」探しは物語の前半だけで、後半は別のテーマが物語を駆動する。そして、この後半部こそが、この映画の本当の見どころであると私は思う。

だから、この映画は一種の「看板に偽りあり」な映画であり、「謎の『第三の男』を探すサスペンス映画」としてこの映画をとらえるのは、ちょっと違うんじゃないかと思う。

サスペンスとかミステリーとしてのオチとかとは別の所に、この映画の本質があるような気がする。

以下、ネタバレ注意!

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